宇宙のロマンを、伝統工芸の技が支える。
野辺山宇宙電波観測所は、45メートル電波望遠鏡を擁し、1982年より40年近くに渡って日本の天文観測をけん引してきた施設です。
宇宙にある様々な星やチリから発生する、ミリ波と呼ばれる電波を観測する施設で、天の川銀河などを調査しています。
これまでにも、銀河系の中心に巨大ブラックホールが存在することを初めて確認した研究を発表するなど、多くの成果で世界を驚かせてきました。
この望遠鏡の非常に重要な装置である反射鏡に、金沢の伝統工芸である金箔が使われています。
目次
宇宙からの微弱な電波をキャッチする、反射鏡。
電波望遠鏡とは、目には見えない微弱な電波を受信して宇宙の様子を調べる施設です。宇宙にある物質は、みな電波を発しています。はるか彼方で発せられた電波を調べることでその様子を知ることができるのです。その電波望遠鏡にとって、反射鏡とは心臓部ともいえる設備です。
この反射鏡の役割は、まさに鏡です。私たちの良く知る光学式の望遠鏡には、物を写す鏡がついていますが、電波式望遠鏡においても仕組みは一緒です。電波を反射する鏡によって、電波を集めたり、送ったりします。鏡といっても、可視光線を反射するものではありませんので、何かが映ることはありません。電波をよく反射する素材としては金属が知られていますが、その効率は種類によってもかわります。野辺山宇宙観測所が測定したところ、金箔が大変に効率的だという結果が得られたため、当社にお声がかかりました。
地上1350mでの、過酷な作業。
野辺山宇宙電波観測所、地上1350mの高地にあります。ここに『箔一』から技術者を3名派遣し、約10日間の日程で作業を行いました。作業は8月末から9月初旬にかけて。晩夏とはいえ、高地のため、気温の変化は油断がなりません。また、この時期、野辺山では降水量が増えます。現地は望遠鏡のなかですが、風雨を遮るものはありません。工期は決まっていますので、多少の悪天候で作業を止めることもできませんでした。
不自由な作業環境と戦った、10日間。
およそ10日間にわたった作業は、本当に困難なものでした。そのうち1つは、姿勢です。通常の工芸品であれば、手元に品物を置いて箔を貼ることが可能です。しかし反射鏡は縦3.5メートル、横2.5メートルのおわん型。もちろん固定されていますので、こちらが鏡に合わせる形になります。場所によっては、非常に苦しい姿勢となりました。また、8月末から9月初旬にかけての野辺山は、雨が降りやすい時期です。箔の接着に雨は大敵です。大変に厳しい作業環境でしたが、貼っているのは「鏡」ですので、箔がゆがめば性能にかかわります。箔は繊細なもの。風雨に吹かれ、寒さに耐え、水の対策に頭を悩ませながらも、一枚ずつ丁寧に箔を貼っていく作業を10日間にわたって行いました。
観測の効率を15%アップさせた、金箔の力。
反射鏡をリニューアルしたことで、観測の効率が15%もアップしたという大変に嬉しい結果を得られました。電波望遠鏡は、世界的な激しい競争があり、その中での15%の性能向上は大変に大きな意味を持ちます。それは、野辺山宇宙電波観測所の研究者の方々の努力の結果ですが、箔を貼った職人たちが少しでも貢献できたのであれば本当に光栄なことです。この反射鏡は、人目に触れるものではありませんが、通常の工芸品と遜色のない、美しい金箔の輝きを実現しています。