箔押しの名人から、技術の伝承を受けています。

唯一無二の技術を、守っていくために。

奈良県橿原市に、ふすまや屏風へ箔を押す名人がいらっしゃいます。特に膠(にかわ)を使う技は唯一無二ともいえるもので、この方にしかできない技術も多くあります。ただし、後継者がいません。ご本人も70歳近くとなりました。もし、このまま引退されてしまうと、この素晴らしい技術が失われてしまい、二度と復活させることは叶わないでしょう。そうならないために、当社の職人が技の継承に通っています。
 

目次

大切にしていきたい、受け継がれる箔押しの技術。
緊張感をもって、技術を受け継ぐこと。
500年前の金屏風にも使われた、自然の塗料。
大変に厄介な素材である膠。
自然と一体となった、箔貼りの技術。
箔の文化を、未来へと受け継いでいくために。


大切にしていきたい、
受け継がれる箔押しの技術。

この名人は、師匠から技術を受け継いでからも、独自に工夫を積み重ねて、一つのスタイルを確立させました。台紙の湿らせ方、紙の種類、乾かしておく時間、乾かし方、また道具の手入れの仕方など、その技は細部にわたって洗練されています。名人は、50年にもわたる試行錯誤を経て、完成された技術を作り上げました。これらは、まさに奥義ともいえるもので、どれだけ検索をしても得られない貴重な情報です。ですから、その技術を受け継ぐ側にも、また大きな覚悟が必要になるのです。

 


緊張感をもって、技術を受け継ぐこと。

いま、私たちが名人から指導していただける時間は、月に3~4日間ほどです。50年かけて生み出されてきた技術を学ぶわけですから、時間は全く足りません。そのためインターバルの期間も無駄にしないようにしています。奈良で学んだことを金沢でしっかり実践し、その結果を次の機会にチェックしてもらっています。職人の世界ですから、学校のようなカリキュラムなどありません。技術は、自分たちから取りにいくしかないのです。質問項目なども事前に準備をして、名人からあらゆる情報を引き出し、貴重な文化である箔貼りの伝統をしっかりと受け継いでいけるようにしています。


500年前の金屏風にも使われた、自然の塗料。

名人の真骨頂ともいえるのは、膠(にかわ)を扱う技術です。
古来より、屏風や襖などへの箔押しには膠が使われてきました。膠の主成分は、動物の骨や皮から抽出するコラーゲンです。これは、食用のゼラチンとも同じ成分です。接着に膠を使う大きなメリットは、可逆性があることです。現代使われている一般的な接着剤は、一度固まってしまえば、剥がすことはできません。膠は、固まったあとも元の液状に戻すことができます。そのため、修復やメンテンナンスができるのです。安土桃山時代に描かれた金碧障壁画などには、500年もの時代を超えて、いまも美しい輝きを放つものがあります。これは膠が使われていることが大きな理由です。ただし、膠の扱いは難しく、いまでは日本中探してもこの名人にしかできない技術が多くあります。


大変に厄介な素材である膠。

膠はやっかいな素材です。特に和紙に用いるには大変です。膠は水分と熱によって液状となり、ゆっくりと乾きながら固まります。ふすま紙にこれを塗って、箔を押していく際には、和紙が水分を吸って伸び、乾くにしたがって縮んでいきます。湿り・乾きによる和紙の動きを見極め、完全に乾いた瞬間に箔がぴんと張る状態にすることで、金箔は美しく輝きます。作業をしている最中にも、和紙は絶えず動きますが、これを湿気の調整などによってコントロールします。これは感覚として身につけなければなりません。見極めを誤って、接着した後に紙が伸びれば、箔は割れますし、縮めば依れてしまいます。名人は、こうした微妙な調整を絶妙にこなしていきます。これは極めて高度な技術で、神業と言っても良いものです。
 


自然と一体となった、箔貼りの技術。

この作業にはエアコンが使えません。自然の気候の中でしかうまくできないのです。そのため、作業ができるのは10月~3月に限られます。この季節のなかでも、日々の天候によって膠の乾き方も変わります。名人の工房は奈良県の橿原市にありますが、私たちの金沢の工房で行えば、タイミングも変わってきます。天然の素材から作る和紙と、天然の接着剤である膠。こうしたもので作られた屏風は、日本の季節や風土と調和しています。和紙や膠は呼吸をします。現代的な接着剤は便利ですが、呼吸はできません。自然のものを使うことで、日本の四季の中で屏風やふすまが生き続けていきます。名人は、自然のリズムと息を合わせながら箔を押していきます。だからこそ、いつまでも生命力を保ち、また修復も可能になるのです。


箔の文化を、未来へと受け継いでいくために。

なお、名人にはお孫さんがいらっしゃいます。将来のことを決めるには、まだ幼すぎますが、もしも大人になって箔押しを継ぎたいと言えば、今度は私たちが技術を伝承したいと思っています。前の世代から、今の世代、そして次の世代へ。学んだ技術は、預かりものです。大切に守り、次の世代へと受け継いでいけるようにしっかりと身につけられるよう努力しています。