東寺に奉納される、小松美羽「ネクストマンダラ」に用いた箔押し技法について

真言密教の根本道場に奉納される作品

小松美羽さんの新作「ネクストマンダラ」が、公開をされました。 箔一では、この作品への金箔貼りを手がけています。
この作品は東寺が真言密教の根本道場となって1200年という節目の年を、2023年に迎えることを記念して奉納されるものです。真言宗にとって大変に重要なものであり、この先、数千年という単位で受け継がれていく作品です。 


伝統技法を守っていく意味もある

この作品への箔押しは、箔一が長年研究し、蓄積してきた伝統的な技術の結晶といえます。
伝統的な掛け軸への箔押しは、礬砂(どうさ:ミョウバン(明礬)を溶かした水にニカワ(膠)液を加えたもの)を引き、乾かした後、膠を用いて箔を接着していきます。和紙に膠で箔を押す技術は、日本美術の歴史において重要なものですが、いまでは数えるほどの職人しかいない希少なものとなっています。

※ニカワ=動物の皮、腱(けん)、骨、結合組織などを水で煮沸し、溶液を濃縮・冷却・凝固してつくるもの。ゼラチン。



絹の持つ輝きを、金箔と融合させる技術

掛け軸の絵や文字を描く本体部分を本紙と呼びます。これには大きく分けて2つの種類があり、和紙を用いる「紙本(しほん)」と和紙に絹を貼った「絹本(けんぽん)」に分かれます。「ネクストマンダラ」では「絹本」が用いられました。これは、古代の仏教画など、多くの掛け軸に用いられてきた技法です。この本紙は、およそ4m四方もの(掛け軸の中心)巨大なものです。

絹本の魅力はその高貴な光沢感です。これは、絹自体が持つ輝きと、格子状の縫い目によって生まれる複雑な光の反射によって生み出されています。絹本への箔押しは、この絹の美しい光沢と箔を融合させることが肝要です。箔をのせるだけであれば、人口糊を用いれば容易ですが、人工的な接着剤は絹目をつぶしてしまい、せっかくの絹の質感を損なうことになってしまいます。膠を用いることで、絹と箔が完全に一体化した、美しい輝きを実現できるのです。 


拡大鏡で見ると、絹の縫い目にきっちりと金箔が入り込んでいることが分かる



緊張感のある仕事が、長時間続く

この箔押しの作業では、膠、礬砂、和紙、絹、箔といったいずれもデリケートな素材がバランスよく調和するポイントを見つけ、それを維持し続けることが求められました。

この箔押しを大変に難しくした要素が、およそ4m四方という尋常でない和紙の大きさです。礬砂や膠は、かなりの水分を含んでいます。膠を引くと和紙はたわみ、乾くと縮んでいきます。計測したところ、およそ30㎜ほども動くことが分かりました。

箔を美しくあしらうには、和紙がしっかりと固定されて、ピンと張った状態が維持されることが必要です。和紙がたわんでしまうとうまく貼れない一方、全体をしっかり固定すると乾燥した際に縮んで破れてしまいます。さらに、大きな和紙ともなれば、作業する部分、周辺の乾き具合でもタイミングが変わります。この素地そのものが大変に貴重なもののため、予備などなく、やり直しは効きません。作業時間は数時間にも及びましたが、その間、ずっと極めて難しいバランスを取り続ける必要があり、大変に神経をすり減らす作業でした。


京都市東寺。食堂(じきどう)が小松美羽さんの作業場となった。ここで創作活動が許されたのは、仏師の運慶以来だともいう。



美しい輝きを持った作品に

こうして箔を貼り上げた絹本は、小松美羽さんの手元にわたりました。彼女は東寺の食堂(じきどう)をアトリエにして、素晴らしい作品を作り上げられました。金箔とすべての絵が一体化した美しい作品となっています。お披露目会では、まるで金箔自体から光が発せられるかのような、美しい輝きが多くの人を魅了していました。


川崎市岡本太郎美術館で、関係者に内覧会が開催された。
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